Dec
21
2016

白金のみなと歴史さんぽ~“幻の川”「玉名川」を辿る~

2016年11月20日に開催された、港区立エコプラザ主催による「白金のみなと歴史さんぽ ~“幻の川”「玉名川」を辿る~」に参加してきました。
白金というと「三田用水」がメジャーですが、かつて「玉名川」という川があり、古川まで続いていたとの事。
現在は、暗渠化され面影すら残っていませんが、「街あるきの達人」の皆さんが案内してくださるそうで、楽しみです。
集合場所は、目黒通り沿い「白金台駅」。ここから、まずは有名な「今里橋跡」に向かいます。その先にある「三田用水路跡」と並んで重要だと思うのですが、ただのコンクリートブロックにしか見えません。
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● ただのブロックにしか見えない欄干

配布された資料によると、現存する欄干は1930年に竣工した鉄筋コンクリート造りの一部だそうです。
ここまで残すなら、看板ぐらい欲しいですね。
そして「三田用水路跡」へ向かいます。
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● おなじみの三田用水路跡

三田用水路は、江戸時代から生活用水や灌漑用水として存在しますが、1970年代まで恵比寿ガーデンプレイスに建っていた「ヱビスビール工場」にも使われていたそうです。
この用水路跡の先に「元禄今里地蔵尊」がありますが、この日は扉が開いており中のお地蔵様を写真に収めることができました。
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● 初めてお地蔵様を拝見しました!

そして、三田用水路は、「玉名川」の水源である「玉名池(玉縄池)」へと向かいます。
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● 住宅地のど真ん中に無料地図配布スペースがあります。

途中、この辺りが詳しく分かる「持ち帰り用地図」がおいてあるスポットを抜け、かつてその先が窪地だったと想像させる坂を下ります。
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● とにかく下ります。

坂を下り終わった場所が「玉名池」。
頂いた資料の中に明治40年(1907年)の古地図がありましたが、まさに池です。
ちなみに江戸時代は陸奥八戸藩南部家下屋敷で、湧水池としての玉名池(玉縄池)があったそうです。
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● この辺りが「玉名池」。写真右側段差の上に屋敷があった模様。

ここから「玉名川」がスタートします。一向は玉名川に沿って進みます。
しばらく歩くと、白金小学校のある「桑原坂」に到着します。
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● 伊藤園の横です。

玉名川は、そのまま桑原坂を横切って「清正公祭り」で有名な「覚林寺」に向かいますが、我々は桑原坂を右折し、明治学院大学へ向かいます。
その先に、玉名川のもうひとつの水源である「樹木谷(通称:地獄谷)」があるからです。
明治学院大学の創設に関する歴史をおさらいした後、桜田通りにかかる歩道橋を渡り、いよいよ樹木谷へ。
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● 歩道橋の上から明治学院大学キャンパスを眺望できます。

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資料によると、白金台と高輪台の分岐した間にあり、その窪地にはうっそうと木が生い茂っており「樹木谷」と呼ばれたそうです。
この樹木谷にある寺の墓地には湿地帯があり、玉名川の水源になりました。桜田通りからは、高級なタワーマンションしか見えませんが、一歩裏にはいると墓地があるという、なかなか趣のある場所です。

続いて、樹木谷がどの程度の規模だったのかを探るべく、ぐるっと回ってみます。
高輪メリーロードこと「二本榎通り」に出てから、松光寺の先を左折します。
「いや、ちょっと待てよ。この先行き止まり?」的な細い路地に入ります。
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● この先は行き止まり?

この路地が実は凄い段差で下って行きます。階段状なので徒歩以外無理です。
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● 途中、脇の住宅にお住まいの方から声をかけられました。

階段を下っていき、ちょっと横を見るといかいも暗渠っぽい所があり、ここを玉名川が流れていたそうです。ちゃんとマンホールがあります。
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● 手前に柵があり、中には入れません。

そして、二本榎児童遊園の横を通りタワーマンション近辺を一周する形で、桜田通りに戻ります。
その後、樹木谷を水源とする玉名川は、桜田通りと併走し覚林時へと向かいます。
そして玉名池から出た玉名川と、樹木谷を水源とする玉名川が覚林寺で合流します。
丁度、門の前が暗渠化しています。
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● 覚林寺の前、水の流れる音が聞こえることがあるそうです。

覚林寺を出た一向は、桜田通りをもう一度渡り玉名川の流れに沿って、大久保だんご本店の横を通り抜けます。
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● 大久保だんご本店。この通りが玉名川。

そして高輪支所前から横断歩道を渡り、「立行寺」のある「大久保通り」へ向かいます。
「立行寺」には、旗本・大久保彦左衛門の墓所が残っています。
大久保家の墓所は屋根付きで、その横に「一心太助」のお墓もあります。
一心太助は架空の人物とも言われていますが、なんでも大久保家で奉公したあとに、奧さんの実家の魚屋で働いたとか(wikipediaより)。
立行寺の境内には井戸があり、現在も使われています。立行寺は通称「大久保寺」とも呼ばれているそうです。
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● 普通に使える井戸があります。立行寺前にも井戸がありました。

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● シャッターには、「大」の文字が付いています。

ちなみにこの立行寺、大晦日になると鐘をつかせてくれます。
大晦日の夜は鐘をつく人の行列ができていますよ。(豆知識)
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● 再開発が進む大久保通り。

立行寺を出て、大久保通りを古川に向かいます。白金に住んで17年になりますが、この大久保通りが、玉名川だったとは全く知りませんでした。
大久保通りを古川に向かうと「新古川橋」に到着します。暗渠化された「玉名川」は、新古川橋の下の四角いところから古川に流れ込みます。
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● 新古川橋からみた古川です。

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● 新古川橋の下に、玉名川の暗渠が!!

ありました!暗渠です!
玉名池と樹木谷を水源とする玉名川はここで終点。
玉名川を始めとする「地図から消えた」ものは、ただ住んでいては全く気付かないので、今回の港区立エコプラザ主催の講義は、とてもためになりました。
案内をしてくださった「街あるきの達人」の皆さまと、今回記事の掲載を了承いただいた港区立エコプラザの皆さまに感謝申しあげます。

また、このような白金の街をあるく講義があったら、白金タイムズで紹介したいと思います。

★港区立エコプラザはこちら

※この記事に関するお問合せは「白金タイムズ」まで、お願いします。

【取材】白金タイムズ(白金新聞)



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