Nov
28
2014

上大崎の鮮魚店「魚福」が10月末日に閉店しました

鮮魚店「魚福」が10月末日に閉店しました。
「魚福」と聞いてピンと来た方は白金台にお住まいで、しかも自転車で五反田方面へよく行かれる方が多いでしょうか。
「魚福」さんは、目黒通りにある「Jubilee Coffee and Roaster」のビルを斜めに入り、「白金アートグレイスクラブ」へ抜ける道の途中にある鮮魚店です。住所は品川区上大崎一丁目になります。

この道は、五反田方面から白金台へ抜ける「もっとも坂道がやさしい自転車コース」の道筋で、魚福さんの前を通る度に「ここはどういう魚屋さんなんだろう」とずっと気になっていました。

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10月の下旬に、五反田方面から自転車でいつものコースを通っていると、魚福のご主人らしい人が張り紙をしていて、そこには「10月31日で閉店します」とありました。
「これはマズイ! 話しが聞けない!」と思い、さっそく閉店前に訪ねて「11月1日以降ならいいですよ」という約束を頂き、後日お話しを伺いに行く事になりました。

「魚福」は、長谷川さんご夫婦が経営されていて、現在のご主人が二代目だそうです。
この場所に「魚福」さんが開店される前のお話しをかなり詳しく教えて頂きましたが、ページの都合で簡単に説明させて頂くと、まずお父さんが昭和の初め頃に義理の兄さんが経営していた魚屋さん(東中野)で修行する所から始まります。
この魚屋さんは、結構繁盛していたようで当時珍しかった「オート三輪」があったそうです。
お父さんがご結婚された当時、東中野のお店を継いだそうですが、その後は浅草や日暮里でお風呂屋さん(ご結婚された奧さんの親戚)の仕事を経て、戦争の影響で新潟へ疎開したそうです。

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●東中野の魚屋さん

戦争が終わり、お父さんのお兄さんがいた江東区南砂へ出てきましたが、昭和24年に関東地方に大打撃を与えた台風の被害にあい、当時住んでいた家は水没し屋根も飛んでしまったそうです。
この台風をウィキペディアで調べてみました。
この台風は「キティ台風」と呼ばれ、太平洋の南鳥島近海で発生し関東地方を直撃した後に新潟方面へ抜けて行き、死者135名、行方不明者25名、負傷者479名、住家全壊3,733棟、半壊13,470棟、床上浸水51,899棟、床下浸水92,161棟(消防白書より)というとんでもない規模でした。
台風の通過時に満潮時と重なったことで東京湾で高潮となり、江東区や江戸川区のゼロメートル地帯が浸水被害にあったそうです。(ウィキペディアより)

その後、現在の上大崎に引っ越してきてから、昔やっていた魚屋を始めることになり「魚福」が誕生したとの事。
目黒通りから一本入る立地のため、お店に卸したり小売りだけでは厳しいので、いわゆる「御用聞き」という形で一軒一軒注文を取って回っていたそうです。
配達エリアは広く、池田山、島津山、長者丸、花房山、御殿山まで行っていたとの事。

ところで「○○山」と言ってもピンと来ないですね。
池田山…東五反田五丁目(皇后美智子さまの出身)付近、島津山…東五反田三丁目付近、長者丸…上大崎二丁目付近、花房山…上大崎三丁目付近、御殿山…北品川三丁目・四丁目付近を指します。
池田山・島津山・花房山・御殿山は城南地区にある高台の総称「城南五山」に含まれています。
最後のひとつは、「八ッ山(高輪三丁目・四丁目付近)」になります。
ちなみに長者丸は、ウェスティンホテル東京の裏側です。そのウェスティンホテルは、恵比寿ガーデンプレイスの近くにあるので渋谷区っぽいですが、実は目黒区三田。恵比寿ガーデンプレイス自体も敷地の半分は目黒区三田です。ちょっと脱線してしまいました。

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●閑静な場所にあります

目黒通りから五反田方面へは坂道が多く、お年寄りの住む家への配達をしてくれる「魚福」さんは皆さんに喜ばれていたそうです。
「ただ、ごひいきしてくれる方が高齢で亡くなったり、施設に入ってしまったりで、難しくなった。」とご主人。お店を閉めると困る方も数多くいらっしゃるそうですが、色々考えて決断されたそうです。

築地で仕入れて「鮮度も味も抜群(その分値段も少し上)」という鮮魚店が近くにあっても、「生鮮品はスーパーでまとめて購入」というライフスタイルが定着した若い世代には、アドバンテージにはならなかったようです。
オイルショックまでは本当に景気が良く、ご近所には魚屋さんが三軒あり八百屋さんもあったそうです。

「本当は、2012年に魚市場が豊洲に移転したらやめようと思っていたんですよ。ところが移転が延びたでしょ? それでタイミングがずれて今になってしまった。」との事。
閉店の数日前にお店の外観を撮影していましたが、この時も近所の方が魚を買っていました。

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●お出かけの帰りでしょうか

「魚福」さん、本日は色々とお話しを伺わせて頂き、どうもありがとうございました。

帰り際、お店に面した道路の真ん中にあるコンクリートでできた丸いポイントのようなものを指して、
「ここに杭があって、そっち側は三田用水だったんですよ。」と教えてもらいました。
この「三田用水」についてはまた詳しくレポートします。

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●この杭の左側が三田用水だった

<追記>
原稿をチェックしていただいたので、魚福さんにお邪魔したところ「ちょっと上がって」と言われ、お茶をいただきました。
その際に、台風でゼロメートル地帯が浸水したときの様子を伺いました。
近くの鉄筋のビルに逃げたそうで、しばらくは水が残っていたそうです。
当時は小学3年生でしたが、もちろん学校は休みになりました。路面電車も止まり、さぞかし不便だったと思いますが、「金魚をたくさん捕ったよ」と長谷川さん。
どうやら、金魚を大量に飼育していた池があり、浸水で逃げてしまった模様。

また、知り合いの画家の方が描いたという、1965年当時の「目黒駅」と「目黒通り」を絵を見せて頂きました。目黒駅の駅舎が木造なんですね。

IMG_1270.medium
目黒駅前。何もないです。

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目黒通り。八幡社(誕生八幡神社)だけが今でも残っています。

その他にも、第三日野小学校付近で貝が出たことや、オリンピックの際に高速道路と一緒に完成した白金トンネルのお話しなどを伺いました。
長谷川さんご夫妻、どうもありがとうございました。

●五反田駅から白金台まで、自転車でもきつくないコース。

【大きい地図はこちら

取材:白金タイムズ【白金新聞】



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